2011年04月05日

ネット農縁生産者が救援活動を始める5

4/4日気仙沼市浜見山町の避難所へ炊き出し応援と救援物資のお届け

4時起き組から、トラックに荷を積んで準備開始。
今回は、炊き出しに必要な食材・備品の他に、米、保存麺、衛生品、衣類品、長靴、燃料(ガソリン140gと発電機用の灯油40g、掲帯コンロ用のガスボンベ缶100本)等を「復興支援募金の会」に寄せられた”募金”を活用させていただいて、救援物資としてお届けすることに。

応援要員は、レンタル小型バスに同乗。
総勢14名+東京からの2名(車両は自前)。もしかしたら書き漏らしている人も。

途中で、待ち合わせの仙台でカフェ経営グループと合流。10時過ぎに避難所に到着。ここは、高齢者施設としての会館だったそうです。今は当然家屋財産車を津波の他に火災でも失ったりした被災者の方々が生活している。
(当然、ここにおられる方の身内の多くの方々が生命を奪われ、未だ連絡が取れない安否未確認状態のままです)
早速、炊き出しの用意を始めたわけですが、新庄でレストラン経営の料理長にも参加してもらったので大いに助かったそうです。
この避難所は水道はやっと前日に使えるようになったとのこと。普段の食事炊き出しは、ドラム缶に木片・薪。食材は全国からの支援物資が廻ってきてはいるようです。

避難所代表から「皆様の心に感謝いたします。ありがとうございます。」との言葉を受けて、固い握手をして2時半過ぎにその場を後にした。今後の支援活動地区としては、新庄市行政から要請されているW地区(仙台空港方面の)を考えていますが未定です。

この被災地近辺では、液状化現象での地割れやマンホールが浮き上がっている所も多く見られたそうです。自衛隊・救援隊による片付け作業もあちこちで続けられてるとはいえ、家屋・インフラの崩壊状態は被災当日状況からの進展が見られている感じでは全くなかったそうです。
今回初めて救援活動に参加された生産者仲間も、ただただ「これは、・・・・・・・」と絶句するのみだったようです。
新庄農縁生産者ニュースの「短信」等でつぶさに報告されてくると思います。

今後の復興支援活動は、先に記したW地区への応援にするのかも含め、支援のあり方ももっと色々な工夫を凝らして行く相談をネット農縁に持ち帰ることとなります。

Save0001.JPG
200gの巨大釜で芋煮の炊き出し。不審者に間違えられないように
「ネットワーク農縁」のスッテカーを貼っています。

こちらは、山形新聞(4/10付け)からの記事の切り抜きです。
(画像をクリックして大型版にしてみて下さい)
無題.png
posted by さだゆき at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 報告
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